広帯域任意位相シフター

1デカードの帯域の任意の周波数の正弦波に任意の位相シフトを与える装置を作りました。
目的は機械振動子の自励発振のための位相調節です。

先に回路図を載せておいてから話を進めましょう。

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今回の目玉はポリフェーズRCフィルタを使ったことですが、まずどういう経緯でそれを使ってみたか順を追って説明したいと思います。

位相シフターというと様々あると思いますが、オールパスフィルタを使って位相を変化させるというのがすぐ思いつくところです。オールパスフィルタというのは振幅を変化させないフィルタで、位相だけ変化させるというものです。オペアンプを使ったものがよく使われると思います。ただし移相量が周波数の関数になっているので、ある位相シフト量はある周波数だけで成立します。

位相シフトさせたい周波数が固定しているか中心周波数に対してあまり変動しない場合、このオールパスフィルタを使って90°位相変化させた信号を作ればI(in phase)信号とQ(quadrature phase)信号が得られるので、それらに任意の角度のコサインとサインをそれぞれ乗じて加算すれば、任意の位相シフトが得られます。

これはけっこう高い周波数でもできます。オールバスフィルタをLCで作る方法もフィルタの解説書に出ていますし、周波数が固定ならオールパスである必要もないので、”トロ活”に出ているクワドラチャハイブリッドという回路で互いに90°位相の信号を作ってもいいです。スーパーへテロダイン構成の機械振動子発振回路のIF段にクワドラチャハイブリッドを使ったことがあります。サイン・コサインはマイコンとDAコンバータで発生させ、2個の乗算器と加算器で任意の位相シフトを実現させました。マイコンに接続されているロータリーエンコーダをぐるぐる回していくとノミナルにはエンドレスで(つまり360°を超えて何度でも)位相シフトを与えることができます。

さて、今回の課題ではスーパーへテロダインは使わない自励発振回路なので、ある範囲の任意の周波数に対して上記のようなエンドレスな位相シフトを与えられるようにしなければなりません。ただし、周波数は実験中に広い範囲で変動することはありません。

このような場合、上記のオペアンプによる移相器をカスケードした広帯域移相器というのがあります。カスケード接続された移相器の列が2組あり、出力は2個あります。それぞれの組のRCの定数は異なり、どちらも入力に対してはどんどん位相が遅れていくのですが、2個の出力の相対的な位相差が広い範囲で近似的に90°を保ちます。これはコンピュータで近似計算する方法が論文発表されているそうですが、鳩歩堂はそこまで勉強したことはなく、本に出ている定数をスケーリングして使ったことならあります。そして、この広帯域移相器と上記のサイン・コサインの重み付けをして加算する方法を組み合わせると、広い周波数範囲で任意の位相シフトが与えられます。ただし、周波数が変わると入力に対する出力の位相シフト量が変わりますから、マイコンが表示する位相シフト量は周波数で補正する必要があります。

今回はこの方法でも作れたはずなのですが、ネットでいろいろ検索していたら、RCポリフェーズフィルタというのを見つけました。回路図の真ん中あたりにあるRとCがいっぱい繋がった部分です。これの方がはるかに簡単ですから採用してみました。アマチュア無線家が発明したものだということです。ただし理論的な扱いが難しいので、あまりちゃんと解析されていないんじゃないかと思います。こういうとき、鳩歩堂はあまり気にせずに周波数スケーリングして結果だけ使わせて貰うことにしています。

回路図に定数を書き込んでませんが、300kHzから3MHzの場合、抵抗はすべて120Ω、コンデンサは左から4700pF, 3300pF, 2000pF, 1000pF, 560pF, 470pFだったと思います。

回路図の説明をざっとすると、入力信号をバッファしてから極性反転した信号も作ります。これらをRCポリフェーズフィルタの4個ある入力の隣接する2組にそれぞれ与えます。これが出力にたどり着く時には300kHzから3MHzの範囲でかなり性格に90°ずつの位相に分かれますから、対角側と互いに引き算して、I信号とQ信号を得ます。差動増幅器の4個の抵抗は全部1kΩにしました。これらは120Ωより十分大きくしてあるので、じつは反転と非反転で入力インピーダンスが異なりますが体勢に影響ありません。ほんとはインピーダンスを揃えるため非反転の方は反転入力の半分の抵抗値にするほうが良いのでしょうが、ここを体勢に影響無しとして同じ値にしたあたり、発明者の一種手慣れた設計センスを感じます。だからそのままに踏襲しておきました。

RCポリフェーズフィルタがこのように動作するのは、出力側から見ればその対称性の高さからなんとなく納得できるのですが、入力側では位相は0°と180°しかありませんから、ちょっと不思議ではあります。

ところでこの回路は位相はかなり正確ですが振幅特製を測定してみるとあまりフラットではありません。今回はサイン・コサインの重み付けは4象限乗算型DACで行い、しかもただのサイン・コサインを掛けるのではなく、振幅や位相の補正も行ってしまうことにしました。

どうやるかというと、片方のDACの出力をゼロにし、他方を全開にすると、I信号またはQ信号だけが出力されます。そうしておいて100kHz毎にネットワークアナライザで特製を測定します。ネットアナの内部ではもともとベクトルを複素数で表現しているので、それをそのまま取り出します。ネットアナによるかもしれますが、Polar表示にしてRe/Imというのを選択しておいてCSVファイルに書き出すと、そのまま複素数表現で出力されますから、それをマイコンのプログラムに定数配列として書き込みます。

マイコンプログラムの実行時には、入力された角度から出力すべきベクトルの座標(つまりサイン・コサイン)を求ます。また実際の周波数に対し、近傍3つの校正用データの周波数を探し、実際の周波数でのI信号とQ信号のベクトルの座標を放物線近似で求めます。それら2つのベクトルの線形結合によって出力すべきベクトルを作るのに必要な係数を求めます。

そうそう、そういえば乗算型DAC、AD5453の帯域はそれほど広くないので、3MHzともなるとかなり位相が遅れます。つまり回路図OP3の出力に対してOP4の出力は位相遅れを持ちます。乗算型DACを4象限で使う回路は、それらを位相遅れがないものとしてOP5で引き算するようになっていますから、この位相遅れは困ります。OP4とOP5の間に入っているコンデンサはその位相補償のためです。その値はカットアンドトライで求める以外ありません。最適値は、この記事は自宅で書いているのでうろ覚えですが、1kΩの抵抗に対して18pF程度だったと思います。

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おっと、ところでRCポリフェーズフィルタというのはじつに興味深いので、ちょっと違う使い方を考えてみました。こんどは10MHzの正弦波を72°毎の5つの位相に分割することに挑戦しました。

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5相のポリフェーズフィルタです。この場合周波数は固定なので全部同じ定数の繰り返しです。RとC1個ずつによる位相変化が10MHzにおいて72°になるように計算してあります。(あとで計算し直してみたら間違っていました。72°になるには抵抗のほうが何倍も大きくないといけなかったようです。150Ωと100pFということは時定数にして15nsあたりがちょうど正解のようです。容量をそのままにして抵抗を100Ωとか200Ωのすると5つの出力の振幅がもっとばらつきます)それが正しいのかどうか、理論をちゃんと知らないのでちょっとわかりませんがシミュレーションによればたぶん正しいとおもいます。課題は入力の与え方です。与え方が下手でもフィルタの段数を増やしていけばだんだん72°に収まってくると言うのがこのフィルタの凄いところではありますが、上図の回路はいちおう次のような考えに基づいています。

もし最初から72°毎のベクトルを用意できれば、ポリフェーズフィルタを何段通しても72°の位相関係は変わりません。しかし実際の入力は0°と180°(シミュレータでは電圧制御電圧源で発生させている)の信号しかありません。そこで0°以外の±72°と±144°のベクトルについては、そのコサイン成分だけを入力することにしました。入力側に付いている7Ωと3Ωとか8Ωと2Ωの分圧器はコサイン72°とコサイン144°の近似値を得るためです。

結果的には非常にうまいこと72°毎の正弦波が表れました。じつはRCポリフェーズフィルタの2段目の出力ですでにだいたい72°になっているのですが、振幅のばらつきがもう少し大きいのと、面白いことはすべての振幅が3段目になって増加していることです。シミュレータが誤動作しているのでなければ、パッシブ素子だけで増幅したみたいで不思議です。伝送線路なら反射で振幅が大きくなることもありそうですが、インダクタンスは使っていないのにそういうこともあるのでしょうか。


このシミュレーション、じつは10MHzからジッタの少ない50MHzを発生させようというアイディアの一部なのであります。

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この記事へのコメント

マイクロン(株)
2013年08月05日 16:25
こんにちは、少し前から貴ブログを拝見しておりました。APEXのPOWER AMPを販売している者ですが、DIGIKEYでも販売しておりますが、少しは安く販売できますのでSEMの装置の改造等で使われる場合はお知らせください。
2013年08月05日 22:46
マイクロン(株)様コメントありがとうございます。
ちょうど先月、学生を指導して作ってもらったAPEXのPA341を6個使ったピエゾ駆動アンプのPA341が5個故障しました。彼が±160VのDC電源の接続を間違えたらしいです。今回はその彼がどこかに発注してしまいましたが、高価なものなので少しでも安く調達したいですね。今後は御社も検討させていただきたいと思います。

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